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【人間行動の研究が進むにつれて、昔なからの育児法が見直されています。乳児期の親子間の強い絆が赤ちゃんの健全な発育にとって不可欠であるという研究結果が、近年増えてきているのです。その絆を築き、深める最も容易な方法の一つが「抱っこ」です。抱っこは、赤ちゃんの肉体、知能、精神、心理、人格に大きな影響を及ぼし、触れ合いが欠如すると悲惨な結果を生むという研究が数多く存在します。
要約すると:
・ 身体、精神、運動神経、平衡感覚、などの健全な成長
・ 赤ちゃんに自信を植え付け、自立心を芽生えさせる
・ 環境(ストレス)への適応能力を高める
・ 社会への適応能力の高い人間を形成
・ 幸福な人格の形成
・ 知能を高める
・ 泣く時間が減少する
・ 親子の絆を深める
以下に最近の研究からその根拠を探ってみました。】 |
近年欧米では、アタッチメント・ペアレンティング(愛着育児)という育児法 が、最も話題となっている。
実際には大昔からある育児法で、日本の伝統的な育児法でもあるのだが、小児科医で8人の子供を持つ父親でもあるウィリアム・シアーズ博士がこの新しい言葉を生み出し、広く受け入れられるようになった。
赤ちゃんに依存したいだけ依存させ、その要求に応え、肌と肌をなるべく密着させるという育児方法である。 これは、かつての「抱き癖がつくから」、「わがままに育つから」、あるいは「肺の運動にいいから」と、赤ちゃんが泣いてもすぐに抱き上げない方が良いとする育児法とはまったく逆の育児法である。 赤ちゃん期に要求に応えてもらったことで、親との間に強い信頼関係ができ、自信が植え付けられ、自然に自立心が芽生え、より自立した子供へと成長するという。
同じように30年も前に、ジーン・レイドロフは南米のインディオとの生活体験の中で、赤ちゃんは最初の要求を満たさないと、次の発達段階に進めないと洞察した。 つまり抱っこの要求が満たされないと自立心が芽生えないというのである。 アフリカ、アジアやラテンアメリカの50以上もの研究で、たくさん抱っこされている赤ちゃんは、抱っこされることの少ない欧米の赤ちゃんよりも、早い段階で座る、立つ、歩くことを始めることが判明している。
抱っこすればするほど、早く手から離れるわけである。
シアーズ博士は、1日に数時間、赤ちゃんを洋服を着るかのように抱っこし、日々の生活を送ることを提唱している。 赤ちゃんと密着することにより、親の感受性が向上し、赤ちゃんの要求に敏感に応えられるようになるという。 赤ちゃんは、抱っこされることで泣くことが減り、親は子育てを楽に、楽しみながらできる。 この育児方法は多くの研究に裏付けられているが、実際には全ての親子が心の中で本能的に分かっている育児法である。
赤ちゃんは愛らしいので、触れたり、抱っこしたりすることは親にとっても心地よく、赤ちゃんも抱っこされると安心し、満ち足りた気持ちになる。 これは、主観的なようにも思えるが、人間の生体的な構造に根差している。 |
人間の脳の形成は古く、その遺伝子の98.4%はチンパンジーや原始人と同じだという。 従って、人間は生化学的・生理学的に、今でも狩猟採集民時代の生活や環境に適するようにできているというのだ。 その生活の中で赤ちゃんは、安全のため常に母親に抱っこされていた。 何万年もそのような暮らしを続けてきた結果、赤ちゃんの脳は親に密着したいという潜在的欲求があり、母親の脳も子供の泣き声に反応するように形成されてきた。
赤ちゃんの反射神経をみても母親に_るための原始的なものが残っているため、赤ちゃんが一人にされると泣くのは、ごく自然なことなのである。しかし、触れるという原始的な要求は変わっていないにもかかわらず、人間を取り巻く環境は、ベビーカーやベビーラックなど便利な製品の登場で大きく変化している。
世界の狩猟採集民族の研究を見ると、これらの民族で共通するのは、いつも赤ちゃんを抱っこし、赤ちゃんの欲求に合わせて授乳を行うので、赤ちゃんは泣く時間が少ないということである。 ケニアのキシイ族は40年以上にも渡って観察されたが、赤ちゃんは日中母親、姉、または親戚の女性に抱っこされて過ごす。 月齢3ヶ月のキシイの赤ちゃんは、近代社会の赤ちゃんの半分しか泣かない。
似たような現象が、ボツアナのクンサン族(Barr & Elias,1988)やパラグアイのアチェ族に見られる(Kaplan & Dove 1987; Hill & Hurtado 1996)。 実験室でも同様の結果が見られる。 たくさん抱っこされる赤ちゃんと抱っこされない赤ちゃんを比較すると、泣く頻度は同じであっても、泣く時間はたくさん抱っこされた赤ちゃんの方が43%と圧倒的に少なかった。
泣き止まらせるにも、抱っこが一番効果的であった。 また、通常赤ちゃんのよく泣く時期は生後8週間目にピークを迎えるが、たくさん抱っこされた赤ちゃんのピークは、4−6週間目と早目である(Wolff, 1965)。 |
抱っこによる恩恵は、泣く時間が少ないだけに限られない。乳幼児期の触れ合いは、ストレス調整能力を通して、脳や行動様式の成長に影響するという研究結果が蓄積され始めている。ストレスの調整能力こそが、一生涯にわたって人の全般的人生体験への適応能力を決めるものであり、幸・不幸を分けるものとも言えるだろう。レイドロフによれば、インディオ部族は幸福でストレスを感じることが少ないという。現代の生活はストレスの多いものとなっているのに、皮肉にも抱っこが減少し、そのためストレス克服能力が減少しているとも考えられる。
実験でも、赤ちゃんの時によく触られたネズミの学習能力や記憶力は、触られていないネズミよりも優れているという結果が出ている。彼らの副腎皮質刺激ホルモン(他のストレスホルモンの分泌に関連する脳下垂体ホルモン)を調べたところ、よく撫でられたネズミは、ストレスや新しい状況下でも、一生涯ストレスホルモンの分泌が少ないことが証明されている(Meaney,1997)。また、新生児は泣くと、大人が咳や便をするときの息ごらえをする動作と似ていて、一瞬息を止める。この間肺に送られる酸素が低下し、体は防御体制に入り、白血球数が上がり、コルチゾールというストレスホルモンの分泌も上昇することが分かっている。
赤ちゃんにとって、10ヶ月から18ヶ月までの時期は、脳部の眼窩前頭皮質と大脳辺縁系が盛んに接続され、ストレスにどう対処していくかが決定される重要な時期である。この時期にストレスが高くなると、コルチゾールの分泌が多くなり、これらの接続を破壊し、その後もストレスに敏感になって、大量なストレスホルモンの流出が見られるようになるという。
ストレスホルモンだけではなく、成長ホルモン等への変化も見られる。触れ合いは下垂体に刺激を送り、脳部の視床下部から成長ホルモンを放出させる。別の実験で、赤ちゃんネズミは母親から離されて45分すると、オルニチンデカルボキシラーゼという成長に必要な酵素の放出が抑制されることも発見されている(Schanberg,1996)。
抱っこは、平衡感覚を維持する耳内部にある前庭器官の神経にも影響を与える。赤ちゃんは、抱っこされることによって、前後、左右、上下と全ての方向の刺激を経験する。ベビーカーやベビーラックでは、前後の動きしか経験しない。尚、前庭器官への刺激は、赤ちゃんを落ち着かせるだけでなく、覚醒状態を作るという。運動感覚と前庭器官を容易に刺激するには、抱っこすることが一番と言えよう。 |
動作による恩恵は、生理的なものに限らない。母親から隔離され、布製の静的な‘母親’を与えられた赤毛猿の赤ちゃんは、体を揺らすようになったり、臆病で、反社会的であった。一方、動的な布製母親を与えられ、前庭器官に刺激を与えられた赤ちゃん猿は、比較的自信を持ち、社交的であった(Mason,1975)。赤毛猿の別の実験では、赤ちゃん猿は食べ物より触れ合いを好むことが判った。母親代わりに、「哺乳瓶をつけた針金でできた母親」と「電球で暖まる布製の母親」とを与えられた場合、22時間もの間「布製の母親」に密着していた。「針金製の母親」と一緒にいるときは精神的に不安定で檻の隅に丸まっていたが、「布製の母親」とは新しい物を探索する勇気を見せた。この実験のため親から離された赤ちゃんは、成人になるとノイローゼとなり、反社会的で、暴力的な行動を見せることもあった(Harlow,1950s)。現に、乳幼児期の触れ合いや抱っこと暴力との間に高い相関性があることが49民族の調査で判明している(Presott,1975)。
触れ合いの欠如が人間に及ぼす悪影響を実証するものとして、世界に衝撃を与えたのは、ルーマニアのチャウシスク政権時代に施設に入れられた多数の孤児たちであった。施設で殆ど触られることのなかった赤ちゃんは、肉体、精神、運動ともに成長が著しく遅れ、成人しても様々な行動傷害が見られるという(Carlson,1997)。
この様に極端な環境は幸いにも通常、今の社会には見られないが、最先端技術を持つ病院でも未熟児に母親の触れ合いに代わるものを与えることはできない。WHO(世界保健機関)は、赤ちゃんを母親が素肌に抱く“カンガルーケア”を未熟児哺育対策として推し進めている。カンガルーケアを受けた赤ちゃんは、そうでない赤ちゃんと比べると、肉体的な成長のみならず、神経的、精神的、生体反射的成長も早く、心音や体温もより早く安定するということが知られている。乳児は母親と触れることによって、心拍、呼吸、体温、消化、滑らかな体の動きなどの肉体的な調節を自然にしているのである。
猿人からの進化の過程で、大きな脳を持つようになった人間は、他の動物に比べて未熟な赤ちゃんを出産することで、生殖機能へかかる負担を和らげている。 このため、人間の妊娠期間を子宮の中で9ヶ月、子宮の外で9−12ヶ月としている生物学者もいるほどである(.Martin,1990; Montagu, 1971)。
全ての人間が未熟な状態で生まれてきていると考えれば、カンガルーケアで見られる発育への影響は通常の赤ちゃんにとっても有効であると言えるだろう。 誕生後も脳は盛んに成長し続け、この時期に受ける刺激が一生を左右するほど重要だということになる。 |
多数の研究や米国のアタッチメント・ペアレンティング協会では、よく抱っこする日本の育児のやり方を良い例として取り上げている。 勿論、人間の発育と成長は複雑なものであり、「抱っこ」さえすれば全ての赤ちゃんが幸せな人へと育つというほど単純ではない。 しかし、乳児期の触れ合いや抱っこがいかに発育に重要な鍵を握っているかは明らかであろう。
以上、「赤ちゃんを着る」こと、つまり「抱っこ」は何万年もなされてきたことであり、その恩恵を紹介した。 |
抱っこ紐が、強い絆を結ぶ道具として有効であるということも実験で証明されている。 ベビースリング型の抱っこ紐を親子間の絆が弱い貧しい親子に配布したところ、1歳では、83%の親子間で強い絆が築かれていたのに対し、配布されなかった親子間では38%と著しい差が見られたと言う。
この実験は、未熟児に対しても行われ、93%対57%と同様の結果が得られた(Anisfeld, 1990)。 |
赤ちゃんを長時間着るように抱っこするには、次のことを考慮して抱っこ紐を選ぶことが大切です。 |
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赤ちゃんと装着者にとって心地よい |
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なるべく大きい面積に体重を均等に分散し、特定の場所に負担をかけない |
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手が自由になって動き回れる |
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常に負荷が、左右対称である |
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赤ちゃんの成長や状態(活発または寝ているなど)に合わせて抱き方を変えられるもの
(首が座ってからの立て抱きなどの抱き方を変えられるだけでなく、赤ちゃんの平衡感覚の発達に伴い、上半身や手の自由度を増すなど) |
ベビーラップは、これらの条件を満たすために開発された抱っこ紐です。 |
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参考文献
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physical contact on the development of attachment. Child Development, 61, 1617-1627
Brazelton,T.B., & Berry, T. (1983). Infants and Mothers
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● ホームページ
Ask Dr.Sears.com http://www.askdrsears.com/
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Presscot, James W. http://www.violence.de/prescott/bulletin/article.html
Time Life ドキュメンタリー "Rock A Bye Baby" http://www.violence.de/tv/rockabye.html
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